『ストリートファイターV アーケードエディション』のプロプレイヤーである高橋正人選手には様々な呼び名がある。一般的には“ボンちゃん”(Bonchan)として知られている彼だが、ときには“ラスト・ナッシュ”、またあるときは“キング”と呼ばれることもある。これは彼がサガットというキャラクターを使っているからで、サガットはストーリーの中で元シャドルーの四天王のひとりであり、ムエタイの帝王でもあるからだ。いずれにしても、2019年が彼にとって最高の年となっているのは間違いない。彼はEVOでまたしても優勝を決めて、マンダレイベイの会場は大きな喝采に包まれた。
ラスベガスのスーパープレミア大会
EVO(Evolution Championship Series)は世界最大の格闘ゲームトーナメントであり、記録的な参加者数を誇り、会場は多くの格闘ゲームファンであふれる。格闘ゲームファンにとって、EVOは毎年行われる聖地巡礼のようなものであり、趣味を同じくする仲間たちが集い、楽しみ、EVO王者の称号を巡って競い合う──EVO王者の称号を手にすれば、格闘ゲームの歴史に未来永劫その名を刻むことができる。
例年ラスベガスで開催されているEVOは以前からCapcom Pro Tourを代表する大規模大会だったが、今年のEVOはこれまでとは少し意味合いが違っていた──これまでのCPTにはランキング大会とプレミア大会しか存在しなかったが、2019年のCPTでは新たにスーパープレミア大会が導入され、EVOで優勝すれば通常のプレミア大会よりも300ポイント多く獲得できるようになっていた──つまり、この大会で優勝すればCPTランキングの上位に一気に躍り出ることができるのだ。
過去の王者たちの敗退
今年のEVOは誰にとっても重要性が増したことで、これまで以上に激しい闘いが繰り広げられることが予想されていたが、配信の内外で予想外の選手の活躍が見られ、プールでは多くの有名選手がまさかの敗退を喫する大番狂わせが発生した。
ルイジアナ州出身でテキサス在住のToi Bridges選手は「ストリートファイターリーグ Pro US 2019」への参戦で知られる存在だが、その彼がプールでEVO 2017の王者であり、EVO 2018でもグランドファイナルに進出していた“ときど”(Tokido)こと谷口一選手と対戦した。多くのファンはときど選手のEVO 2019トップ8進出を予測していたが、プールのウィナーズの決勝でToi選手がときど選手を破る大番狂わせが発生し、ときど選手はルーザーズに落とされた。
その後、ときど選手は“Humanbomb”ことJonny Cheng選手に敗れて敗退が決まった。しかし、大方の予想に反してトップ8に残れなかった選手は彼だけではない。現在CPTランキング1位の“Punk”ことVictor Woodley選手は、トップ24の試合でEVO 2018の覇者である“Problem X”ことBenjamin Simon選手に敗れて敗退した。しかし、そのProblem X選手も、その後“Phenom”ことArman Hanjani選手に敗れて敗退した。
バラエティに富んだトップ8の顔触れ
EVOで優勝候補とされていた複数の有名選手たちが敗退したことで、その後の上位の争いは予想外の展開となり、日曜日のトップ8の対戦に残った面々は出身地域も使用キャラクターもバラエティに富んだ顔触れとなった。トップ8に残ったプレイヤーは出身地域も中国、アラブ首長国連邦、アメリカ、イギリスと多彩だが、その使用キャラクターも、是空、サガット、さらにはロシア人の伝説的レスリング選手であるザンギエフなど、多彩な顔触れがそろっていた。
実際、トップ8でキャラクターが被ったのは是空のみだったが、是空は2つの異なる技のセットを使いこなす必要がある複雑なプレイスタイルを持つことを考えれば、これは非常に珍しい展開だと言える。その是空のミラーマッチとなった中国のYangmian Huang選手とイギリスの“Infexious”ことDC Coleman選手の対戦では、若返る術を使う忍者による驚くような技の応酬が見られたが、このミラーマッチを制した是空がボンちゃん選手と興味深い一戦を演じることとなった。
レッツ、パーリー!…と、洒落込むかの。
ウィナーズの決勝でInfexious選手の是空に挑む際、ボンちゃん選手は普段使用しているかりんではなく、サガットを使用した。それは7月にイギリスのバーミンガムで開催されたVSFightingで対戦した際の経験から出た選択なのだと言う。
「VSFightingでもトップ8でInfexiousの是空と対戦してたんだよね。 そのときの内容を見て、もう一回やってもまだサガットで勝てると感じてたんだ」とボンちゃん選手は言う。
ボンちゃん選手はムエタイの帝王であるサガットを使って是空に勝利したが、彼がサガットを使用した相手はInfexious選手だけではなかった。NLBC(※Next Level Battle Circuit。ニューヨークの格闘ゲームコミュニティー)のスター選手である“iDom”ことDerek Ruffin選手も、ボンちゃん選手のサガットと戦っていた。iDom選手はウィナーズ側でトップ8に進出しており、日曜日の最初の試合が彼とボンちゃん選手の対戦だった。
「最初にサガットを出したのは、ララ戦に自信が無かったからなんだ」とボンちゃん選手は対戦を振り返って言う。「iDomはかりんのことをよく知っているから、自分がかりんを使えば彼にとっては楽な対戦になる。でも、彼はサガットのことはよく知らないだろうから、俺がサガットを使えばお互いがよく知らないキャラと対戦することになって、こっちが有利になると思ったんだ」
それがオレの名だ!
ボンちゃん選手はiDom選手とInfexious選手の両方に快勝して、グランドファイナルでアラブ首長国連邦の“Big Bird”ことAdel Anouche選手と対戦することになった。Big Bird選手は隙の無い素早いリアクションでラシードを使いこなし、様々な強敵を下してトップ8の対戦で勝ち続けて会場を沸かせた。しかし、そんな彼もルーザーズの準決勝では最大の山場を迎え、「世界最高のいぶき使い」と言われる藤村選手に挑むこととなった。二人の対戦はSFV史上もっとも先が読めないハラハラドキドキさせられる戦いとなった。
今シーズン、互いにほぼ完ぺきなプレイを披露し続けている二人は全試合ががっぷり四つの互角の対戦となり、勝負は最終戦の最終ラウンドまでもつれ込んだ。観客は固唾を飲んで勝負の行方を見守ったが、Big Bird選手が上手くスペースをコントロールして絶妙なタイミングのイーグルスパイクで勝利をものにし、トップ8の中で最大の難敵を3-2で下した。
ボンちゃん vs Big Bird
Big Bird選手の連勝はここで終わらなかった。彼は勢いに乗ってイギリスのInfexious選手を3-0で下し、グランドファイナルに進出してボンちゃん選手に挑んだ。会場の観客はどちらを応援するかで二分されていた。両者ともに2019年のCPTでは力強い活躍を見せているが、どちらも『ストリートファイターV』ではEVOのトップ8進出はこれが初めてであり、両者ともにシーズン当初は優勝候補とは考えられていなかった。Big Bird選手が勝利すればアラブ首長国連邦の選手として大きな意義があるし、ボンちゃん選手にとっては2019年シーズンの絶好調を裏付けるダメ押しの勝利となる。
ウィナーズ側で勝ち進み続けていたボンちゃん選手だったが、先にリードを奪ったのはかりん戦を研究していたBig Bird選手であり、彼が最初の2試合を一気に奪ったことで、ブラケットのリセットを期待して会場はどよめいた。
「……これまでのCPTの大会でも上手いラシードとは何度も当たってたんだけど、いつもこっちが勝ってたんだ」とボンちゃん選手はBig Bird選手との対戦を振り返って言う。「でも、Big Birdとは当たったことがなかった。最初は勝てると思ってたんだけど、いざ戦ってみたらBig Birdはすごく強くて、あっという間に2試合取られてしまった。でも、それでも“勝てる”って思ってた。かりんとラシードの組み合わせには絶対的な自信があったんだ」
格の違いをお見せしますわ!
Big Bird選手がそのままブラケットをリセットに持ち込むかと思われたが、3試合目ではウィナーズ側を駆け上がってきたボンちゃん選手が意地を見せ、そこから2試合連続で試合を取り戻して、勝負は最終戦までもつれ込んだ。
直前の藤村戦で見せていたBig Bird選手の隙の無いプレイ、そしてボンちゃん選手の自信にあふれたプレイが正面からぶつかり合い、最終戦は再び最終ラウンドまでもつれ込んだ。実況のJames Chenが言ったように、ボンちゃん選手もBig Bird選手もどちらも“弱音を吐く”様子はなかったが、ラウンド開始時に大きく体力を失ったボンちゃん選手が驚異の大逆転劇を演じて勝利を収めた。
EVO王者の次は?
ボンちゃん選手は2019年のCPTで初開催となったスーパープレミア大会の王者になった。彼はさらにプレミア大会であるCEOとVSFightingでも優勝している。ポイント的には年末のCAPCOM CUP出場はほぼ確定と言えるが、ボンちゃん選手はリラックスするつもりなど一切ない。
「勝てたことは自信につながったし、もちろん嬉しいよ」とボンちゃん選手は勝利について語る。「でも、だからと言って今後の活動は特に変わらないね。これからもCapcom Pro Tourの大会には参戦していく。CAPCOM CUP出場のためにポイントを気にする必要がなくなるってだけだね」
EVOが大成功のうちに終了し、季節は夏から秋へと変わり、ファンと選手は2019年シーズンの次の大会に備えることになる。8月にはケルンでFight Club NRWが、そしてアイルランドではプレミア大会のCeltic Throwdownが開催される。シーズンも折り返し地点を過ぎ、ロサンゼルスのThe Novoで開催されるCAPCOM CUPまであと5ヶ月を切った。CPTの闘いはさらに激しさを増していくだろう。今年のCAPCOM CUP王者に輝くのは誰になるのか?──それはメナトにだって占うことはできない。